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名古屋高等裁判所 昭和52年(行コ)7号 判決 1978年1月31日

控訴人・原告 浅野郁郎

被控訴人・被告 名古屋市教育委員会

代理人 鈴木匡 外一名

主文

原判決を取消す。

本件訴を却下する。

訴訟費用は第一・二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四八年四月一日付をもつてなした名古屋市立円上中学校教諭に補するとの転任処分を取消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張は、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

立証<省略>

理由

まず、出訴期間に関する被控訴人の本案前の抗弁について検討する。

控訴人が被控訴人に教諭として任用され、名古屋市立志賀中学校に勤務していたところ、被控訴人から昭和四八年四月一日付をもつて本件転任処分(名古屋市立円上中学校へ転任を命ずる旨の処分)を受けたこと、そこで控訴人は、同年五月三〇日地方公務員法四九条の二、名古屋市人事委員会規則七号「不利益処分についての不服申立てに関する規則」五条の各規定に基づき、名古屋市人事委員会に対し審査請求をして本件転任処分の取消を求めたところ、同委員会は審理の結果、昭和四九年一〇月二四日付同年一一月五日到達の判定書をもつて本件転任処分を承認する旨の審査請求棄却の判定をしたこと、更に控訴人は、昭和五〇年一月二三日同規則一五条の規定により同委員会に対し再審の請求をしたが、同委員会は同年二月一三日付同月一八日到達の決定書をもつて右の再審の請求を却下したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、原本の存在と成立について争いのない甲第四・五号証によると、右再審請求の理由は右規則一五条一項三号の事由(後出のとおり)があるというものであり、請求却下の理由は右事由が認められないとするものであることが認められる。そして、記録によれば、控訴人が本件訴を提起したのは同年五月九日であるから、右訴提起が、同委員会の本件転任処分承認の判定(審査請求棄却の判定)を控訴人が知つた日から三箇月を経過した後のものであることは明らかである。

被控訴人は、右の点を捕えて、本件訴が、行政事件訴訟法一四条四項の「審査請求に対する裁決」のあつたことを控訴人が知つた日からその出訴期間三箇月(同条一項)を経過したのちに提起されたもので、不適法であると主張し、控訴人は、右の出訴期間三箇月は前記再審の判定のあつたことを知つた日から起算すべきもので、本件訴の提起に出訴期間徒過の違法はない旨反論する。

そこで、前記名古屋市人事委員会規則と行政不服審査法との関係、同規則の設ける「再審」について考えてみると、地方公務員法四九条の二及び五一条の二は、同法四九条一項に規定する職員に対する不利益処分については、人事委員会又は公平委員会に対してのみ行政不服審査法による不服申立(審査請求又は異議申立)をすることができるとするとともに、右不服申立については同法二章一節から三節までの規定を適用しないとしたうえ、右不利益処分に対する取消の訴訟は、右審査請求又は異議申立に対する人事委員会又は公平委員会の裁決又は決定を経た後でなければ提起することはできない旨(行政不服審査前置)を規定し、更に地方公務員法五一条は、右不服申立の手続及び審査の結果執るべき措置に関し必要な事項は人事委員会規則又は公平委員会規則で定めると規定している。そして、成立について争いのない乙第一号証によると、右五一条の規定を承けた前記名古屋市人事委員会規則は、二節ないし四節(五条ないし一四条)において不服申立(審査請求又は異議申立)に関する規定を置き、その一三条三項において、右不服申立に対する判定書を送達するときに、当事者に再審の請求の権利がある旨を併わせて通知すべき旨規定したあと、五節(一五条ないし一九条)において再審に関する規定を設け、右の不服申立に対する人事委員会の判定に同規則一五条一項一号ないし三号(一、判定の基礎となつた証拠が虚偽のものであることが判明した場合、二、事案の審査の際提出されなかつた新たなかつ重大な証拠が発見された場合、三、判定に影響を及ぼすような事実について判断の遺漏が認められた場合)の一に該当する場合においては、当事者は判定のあつたことを知つた日の翌日から起算して三月以内に再審を請求することができ、この請求がなされたときは、人事委員会は再審の請求の期限及び理由等について調査し、右の請求を受理すべきかどうかを決定し、受理すべき場合は所定の手続に従つてこれを審査し、その結果最初の判定を正当であると認める場合にはその旨を確認し、不当であると認める場合には最初の判定を修正し、又はこれに代えて新たに判定を行わなければならず、また更に、人事委員会は前記一五条一項各号の再審の理由があると認めるときは、職権により再審を行うことができる旨規定している。

以上見たところからすると、前記名古屋市人事委員会規則七号の規定する再審は、名古屋市人事委員会が審査請求に対してなした最初の判定について、あたかも訴訟法上の再審事由と同じように、虚偽証拠の存在、新証拠の発見或は判断遺脱など極めて限定された事由がある場合に限つて請求することが許されるのであり、この点で原処分の事実認定、法令の解釈適用上の違法事由はもちろん、その裁量の全範囲にわたる不当事由を主張して上級行政庁又は法令の定める行政庁に新たな判断を求める行政不服審査法上の審査請求・再審査請求と全く異なるといわなければならない。そればかりでなく、この再審は、最初の審査請求の判定の有利不利にかかわらず、当事者の双方、すなわち被処分者と処分行政庁のいずれからも請求することができるのであつて、この点でも、不服のある者だけがする右の審査請求・再審査請求と異なる。そして、更に特記すべきことは、右の再審の審理・判定は、所定期間内における当事者の請求によるだけでなく、人事委員会がいつでも職権によりすることができるとされている点であり、このような救済手続は、行政不服審査手続一般を定める行政不服審査法の全く予定しないところである。このように考えると、同規則五節に定める「再審」は、規定上同規則二節ないし四節の「不服申立(審査請求又は異議申立)」に次ぐ審査手続として定めてあり、原判決が説くように一見二審制の不服申立の体裁をとつているように見えないではないけれども、その実質においては、行政不服審査法上の不服申立(審査請求・再審査請求又は異議申立)と全く別異な特別の行政上の救済手続と解するほかなく、従つて、右再審の請求に対する名古屋市人事委員会の判定を行政事件訴訟法一四条四項に規定する「審査請求に対する裁決」に該当するものと解することはできない。

なお、このように消極に解すると、最初の審査請求に対する判定に対し、三月以内に再審をすることができる旨の教示に従つて右の再審の請求をしたものの、却下の判定を受けたときにはすでに出訴期間を徒過していて、原処分の取消を求める訴訟上の救済の道を閉ざされる結果になることがあり得るが、もともと行政不服審査前置の場合の出訴は、その前提である行政上の不服申立が適法な場合に限られるのであつて、これを再審の請求についていえば、それが手続上の瑕疵により却下される場合はもとより、再審事由が認められないとして却下される場合も、等しく不適法な請求と解することができ、そうとすれば、たとえ前記の教示に従つて再審の請求をしたとしても、それが不適法却下になつた場合に右指摘のような結果になるのはやむを得ないところである。また、もし原判決のいうように、右の再審が二審制の行政不服申立として設けられたものとして積極に解するとすると、行政不服審査前置を定める前示地方公務員法五一条の二の規定との関係上、右の再審を経た後でなければ原処分取消の訴訟を提起することができないことになるのであつて、前記のように不服事由が極度に限定された再審の請求を被処分者に強いることになり、かえつて訴訟上の救済の道を遠のかしめる結果になつて、不合理である。

以上の理由により、本件訴は法定の出訴期間を経過したのちに提起されたものというべきであるから、不適法として却下を免れない。

よつて、本件訴を適法とした原判決の判断は相当でないから、爾余の判断に立入るまでもなく、原判決を取消して本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上悦雄 裁判官 深田源次 裁判官 上野精)

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